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〜 ロシア便り〜 川西ゼミ「日露関係をモスクワで学ぶ」、通称「モスクワゼミ」

              川西重忠 (桜美林大学北東アジア総合研究所長、教授)

「モスクワゼミ」は、モスクワ大学にロシア語研修に来ている留学生たちとの交流から始まった。半年間のモスクワでの研究生活の中で自然にできたゼミである。私にとっても研究外での思い出に残る愉快な活動であるので、この機会に簡単にご紹介しておきたい

1)モスクワ大学語学国際学校(ツモ)

モスクワ大学は多くの付属機関を持ち、世界中の提携大学から多数の留学生を受け入れている世界レベルの有名大学である。留学生のほとんどはロシア語の習得にやってくる。短期コースは1カ月、中長期コースは半年、1年、2年と語学レベルと将来の希望に応じてさまざまのコースを揃えている。モスクワ大学へ直結するコースもあり、モスクワ大学へ入る一つのルートになっている。

私は本来は、ロシア語ができることが前提で在外研究にきている身なので、当初はロシア語の世界に深入りする気はまったくなかった。モスクワの知人の紹介で知り合った当語学センターのワレリー氏(元神戸外大のロシア語講師)が、ここの事務局長的な役職者であり、モスクワに来て間もなく「青空」という日本料理屋で友人の紹介で会食し、意気投合した結果、その23日後には、わけもよくわからないまま、モスクワ大学のロシア語学生になっていたという次第である。

最初に放り込まれたクラスは国際色豊かで、5ヶ国語を話す天才的なドイツ人女子学生から、モスクワ在住の恋人を追ってパリからやってきたフランス人元ビジネスマン、職を求めてイスタンブールから来たトルコの青年、初の駐在で日系企業の主人についてきた夫人と多士済々でハイレベルのメンバーであった。

2ヶ月後の次のクラスは、バンコクから来たタイ女性と私の2人であった。このときは実に楽しかった。タイ女性の素晴らしさ、優しさはつとに聞いてはいたが、実際その通りで、小乗仏教ではぐくまれた寛容の精神が態度の端々に表れ、別れ際の折り目正しい態度、会った時の包み込むような眼差し、回答に困った時の「ファイト、ファイト」のささやき、うまく答えた時のニッコリ笑って親指を上にするするしぐさは、日本では久しく失われたもので私はすっかり魅了されてしまった。講師のナターリャ先生の教え方も万事スローモーの私には向いていて、この期間が一番ロシア語会話力が伸びた期間であった。

隣の教室で「あっ、いま川西さんがロシア語を話している」と壁越しに聞こえる私のロシア語が話題になったらしいのはこのころである。

現在は、東海大学からグループで派遣された1カ月の短期留学生と一緒のクラスだが、日本で基礎ができているせいか、ロシア語だけの授業についていっているのに感心する。

廊下の通り道に他のクラスを覗くと、20人前後の元気な日本からの留学生が来ている。大学でロシア語を専攻にしている学生たちであろう。皆生き生きとした良い顔をしている。

ここはいわば、ロシア語に特化したモスクワ大学につながる留学生の言語世界である。

2)モスクワでの研究生活

ロシア語習得以外の目的で、ロシア経済社会の研究が目的でここにいるのは、恐らく私くらいではなかろうか。

なぜ、このモスクワ大学国際語学センター(学生たちはツモと呼んでいる)を研究拠点にしているのかというと、何かと便利であるからである。順にあげるならば、@ロシア語の勉強になる上、教師陣も多彩で教え方もそれぞれが個性的で講義スタイルが参考になること、A世界の若い学生、社会人と一緒なので刺激とさまざまな情報が入ること、B一応モスクワ大学に所属しているので市内のビジネスマンや研究者に会ったときに余計な説明が不要なこと、C食堂などの付属機関から大学本校の機関がそれなりに使えること、D周りに歴史的名所と静かな景観の観光地があり、Eアパートから近くて交通が便利なことなどがあげられる。研修コースによっては時間が自由になるのも有りがたい。ともかく、アパートと大学の間が私の主な生活領域である。

今回のロシアでの研究は「ロシアの経済社会」、「ロシアのアジア日系企業」「日露関係」が主なテーマである。招請者であるサルキソフ氏(モスクワ在住、山梨学院大学名誉教授)より定期的にロシア社会経済と日露関係史を聴き討議を深めるプログラムも入っていた。このプログラムはサルキソフ氏の都合により、4回で終了したが、途中で本研究会を留学生の希望者に開放をしたのでこれも「モスクワゼミ」の淵源の一つであるといえる。

3)「モスクワゼミ」のこと

「モスクワゼミ」は、ツモで知り合った留学生たちとの学習懇話会である。これに若いロシア人研究者が混じった12名前後が構成員である(後ろのリストをご参照ください)。

ゼミ生の選考基準は特に設けていない。縁があって知り合った留学生がほとんどである。知り合った場所は大学校舎近辺であるが、意外に多いのが通学途上の市電の中である。知り会った彼女(彼)たちと私の部屋でクリスマスパーテイーや日本料理店で新年会をやっているうちに、次第にメンバーが揃ってきたのをゼミ方式にしたものである。従い、メンバーを勧誘する必要もなく、スタート時点で既に定員に達していた(部屋の収容人員12名)。


「モスクワゼミの女性はみな聡明そうでかわいい」と写真を見た友人からよく言われる。もしそうであれば嬉しいが、外見を基準で選んだのではなく、たまたま縁があり集まった彼女たちが「聡明そうで可愛い」かったということである。全員個性的で優秀である。レポートも締め切りに合わせて素晴らしい内容のものを提出してくる。自ら求めてモスクワに来ているだけあって挑戦心と実行力が凄い。それでいて女性としての魅力に富んでいる。

「モスクワゼミ」には特別のルールは無く、ゼミ生は「出入り自由」、受講資格はシンプルで「将来、日露の相互理解の促進に尽くしたいと思っている青年」の1点のみである。私の部屋でやるので「会費ナシ飲食ツキ」とシンプルである。ゼミの名前もゼミ生の匂坂さんが考えてくれたものをそのまま使っている。


ゼミ生が順に報告を行うのは日本の大学ゼミと同じだが、違うのは毎回、外部講師から日露関係のレクチャーを聞くのを通例にしている点であろう。会場はレーニン大通り街の16階にある私のアパートをアレンジして教室にしている。時間は夕方に始まり、終わったらそのまま立食パーテイー会場になる。夕食込みなので生活費を切り詰めている学生には案外喜ばれているようだ。学び、食べ、飲み、話しあうのは古代ギリシャのアテネの昔からの学問方法であり、英語のカンパニーも語源的には、元はパンをともに食べる仲間、というところからきている言葉であることを考えると「モスクワゼミ」はいわばギリシャ流のプラトンの「饗宴」の世界であり、モスクワでの模擬カンパニーであるともいえる。

この「モスクワゼミ」から得る私自身の利得も少なくない。まずゼミ生たちとともに内外の一流の講師から日露間の問題を学べることがある。次にゼミ学生たちの能力の多様さと理解力と吸収力の高さにいつも啓発され刺激を受けること、そして最後に将来、日露の懸け橋になる人物がこの中から出てくるも知れないという楽しみがある。

課題を与えるとゼミ生たちはほぼ全員が締め切りに合わせて時間通りに送ってくる。これには感心する。「自我の確立と社会との調和」、「挑戦自立の精神の確立」は、日本にいたとき、いつもゼミの学生に説いていた言葉であるが、掛け声だけでなく「モスクワゼミ」の殆どの学生が人生への旺盛な「挑戦意欲」を持ち備えているのにはいつも驚き、舌を巻く。

4)モスクワゼミのメンバー構成

 彼女たち(男性もいるのだが意欲、挑戦度はどうしても女性が高いのは否めない)の全員が、モスクワへの留学は普通の交換留学でなく自発的な留学で有ること、あるいは自費で来ている学生たちだ。自身の判断で決め、人生に挑戦してモスクワまできているその勇気に、私は非常に感心している。それでいて暗さがなく、いつも元気いっぱいである(ように私には見える)。劇団を作ればすぐチエーホフ流喜劇から古代ギリシャ的ドラマ(悲劇)まで出来そうな顔ぶれである。プロデユーサー気取りで脚本を書きたくなる衝動に襲われることもままある。モスクワゼミの学生たちの今後に幸あらんことを願うや切である。

ゼミ生の紹介寸評(順不同)

下濱さくら(中央大学商学部3年、長崎出身)    商社希望。いつも活発で明るい。

和田沙代子(早稲田大学文学部ロシア文学専攻3年) ロシア演劇ファン。お酒を嗜む。

斎藤深野 (上智大学3年) ロシア芸術に惹かれてモスクワに。シャイで趣味は三味線

匂坂ゆり (学習院女子大学大学院修了) 専門は幕末の日露関係史。川路聖莫の研究者。

横井実希子(東京外大ロシア語3年、岐阜出身)「いつかトヨタに」を胸にモスクワまで

山田和紀子(富山大学人文学部3年、富山出身) おとなしく目が大きい。茶道歴は長い

ポリーナ (ロシア科学アカデミー研究員) 専攻は日本企業の直接投資。東京育ち。

水野頌子 (東京外大ロシア語3年、愛知出身) 好奇心と馬力がある。好物ジャガイモ

池田和貴 (ツモ、モスクワ大学語学校) まだ18歳、ダンスが趣味。ツモの有名人。

小柳 耕 (札幌大学4年) ロシア演劇が専門。将来ロシア語の翻訳家を目指す。

峰尾聡太 (早稲田大学法学部3年)学院より早大にそしてモスクワに。ロシア法学専攻。

臼井薫子 (上智大学外国語学部4年)JR東海に内定、4月勤務の前にモスクワ生活を

山下陽子 (モスクワ音楽院ピアノ科)12回オブザーバーで参加

早川枝理子(モスクワ音楽院ピアノ科)345回オブザーバーで参加

他に内間安希君(東京外国語大学4年、沖縄出身)が第3回目に1度参加。

今までのモスクワゼミと協力戴いた講師

1回 2012125日  ゼミ生報告(匂坂ゆり、ポリーナ)、川西総括

2回 201228日  サルキソフ先生(山梨学院大学名誉教授)「北方領土問題」

3回 2012223日 富田武先生(成蹊大学教授)「日本兵シベリア抑留者問題」

4回 2012224日 生田章一氏(丸紅ロシアCIS総支配人)現代ロシア経済事情

5回 201237日 日比賢一郎氏(ソニーロシア社長)、ロシアビジネス奮闘記

以 上