International Conference in Berlin 2002.6.15/16
Emergence of a Global Culture?−Affinity&Diversity in Lifestyles
日本における乾杯カルチャー
川西重忠(ベルリン自由大学)
1.はじめに
川西と申します。今回、主催者のパルク教授から私に与えられたテーマは
「日本における乾杯カルチャー」です。恐らく今まで誰もやったことが無いテ
ーマではないかと思います。そもそも「乾杯カルチャー」と言う言葉があるの
かどうかも私は知りません。この言葉は恐らくパルク教授が自分で作った造成
語ではないかと思っています。
今日は、簡単に”乾杯”と言う言葉で表現されるコミューニケーション、と広く捉
えて学術報告ではなく随想風に報告させていただきます。皆様の中には、それ
では学術会議には相応しくないと批判される方がいるかもしれませんが、お許
し願いたいと思います。それでは早速報告に入らせていただきます。
2.日本の飲食観
日本の文化は歴史的に中国の影響を強く受けました。文化のみならず国家の
制度、経済、宗教、学問、と全ての分野にわたって影響を受けています。日本
にとっては、当時は中国が世界全体を現しました。今、ヨーロッパで人気が
ある「禅」も「茶の湯」も元は中国から伝来したものです。それを日本で日本
化させて日本文化として発達してきたことは皆様もご承知のとおりです。
京都大学の著名な歴史学者である内藤湖南は80年前の講演「日本文化とは何
ぞや」の中で、日本文化の起源は中国であるとして、中国伝来の文化の素材を
日本固有の精神によって凝縮させて出来たのが日本文化だと述べています。
喩えとして、豆腐を作るには材料に大豆を使うが、大豆だけでは豆腐は出来な
い、そこに少量の「にがり」を入れることにより凝縮されて豆腐が出来上がる、
と言う例を引いて説明しています。「豆腐のにがり説」、という有名な仮説です
のでご存知の方も多いと思います。
飲食に関しても中国の影響は強く入っています。これを孔子の論語から見て
みたいと思います。儒教の始祖とされる孔子は中国を学問で統一した人です。
武力で統一したのが秦の始皇帝、思想で統一したのが毛沢東です。この3人を
もって中国歴史上の3大偉人だといっても過言ではないと思います。
さて、孔子の飲食観は後世の中国と日本の食習慣に大きな影響を与えます。
孔子は「論語」の中で次のように言っています。「食べるものは新鮮なものが良
い、色の悪いのと匂いの悪いのは食べない、季節はずれのものは食べない、食
べる時は話はしない、席が正しくないと座らない」@。
忠実に中国の儒教を取り入れた封建時代の日本の武士階級は、食事の時は話
をしないで只黙黙と食べるのが良しとされました。この儒教の影響は武士の時
代が終わり明治,大正,昭和となっても残ります。第2次世界大戦後になり生活が
豊かになって初めて自由に飲食する風習が広まります。中国でも改革開放政策
を採用以来、宴会の機会が増えてきます。宴会の席では座る席順が決まってい
ます。ここにも孔子の教えが根強く残っています。ただ孔子は飲酒については
寛大で、やはり同じ「論語」の個所で「酒は決まった量はないが、乱れるとこ
ろまではいかない」と述べています。暴飲暴食を戒め、僅かのお酒と僅かの食
事の楽しみも肯定しています。A
3.日本の花見とドイツの花見
お酒に関するコミューニケーションの事例は日本にも中国にも無数に有りま
す。今日は日本の花見の事例から”乾杯”について考えてみたいと思います。
日本人は桜が大好きです。毎年春になると誰も花見に行くことを考えます。
満開の花の下で、飲んで歌うのは遠い昔から日本人の大きな楽しみでした。
ある昔の有名な歌人(名前は西行と言います)は”できることなら満月の頃に桜
の花の下で死にたいものだ”Bと詠んでいます。
日本を代表するもの(シンボル)として、花といえば「桜」を指し、人と言え
ば「武士」を指すのが一般でした。
桜の花を観ながら、親しい友人とお酒を酌み交わして話すことを、私達日本人
は”風流”な習慣として大切にしてきました。
元は上流階級の文化人の楽しみであった庭園での飲酒と花見の習慣が、いまで
は誰でも参加出きる春の楽しい行事に変化しました。
花見のときは、パーテイのように自由に周遊するのではなく、自分たちだけの
空間を作り(これを縄張りと言います)、その席の中だけで騒ぎます。
最初に座った席を替わることもほとんどありません。
周囲にも多くの縄張りが出来、やがて全ての縄張りで歌や踊りの大騒ぎが始ま
りますが、最後まで自分たちの縄張りを荒らされることはありません。
花見の始まりは、”乾杯”で始まります。この”乾杯”は大事な通過儀式です。
“乾杯”の後、初めて正式に開始となります。遅れてくる人がいたらその都度”何
回でも”乾杯”が行われます。これは遅れてきた人に対する親しみを表しています。
勿論、“乾杯”に当たる言葉とその習慣は、どの国でもあります。アメリカでは
Cheers!,Toast!,が使われ、ドイツではzum Wohl!Prosit!、中国では
Kanbei,と言います。
しかし外国では”乾杯”は日本よりもっと気楽に使っているようです。
今年の4月末に、独日協会が主宰するWERDER市の花見に参加しました。
WERDERはベルリン郊外のWANSEEから2時間ほど船で行ったところにあ
る桜の名所です。毎年春には花の祭り(カーニバル)が開催され20万人近い
行楽客が集まってきます。
今年の花見にはドイツ人と日本人が30名ほど参加者しました、丁度丘の斜面
一面に咲いた桜の花も見ごろでした。
桜の下の屋台ではワインとソーセージ,サンドイッチが売られていて、花見には
ふさわしい雰囲気です。
席は日本のように地面に筵(むしろ)を敷いて座るのではなく椅子とテーブル
です。飲物はビールや日本酒は無くワインだけです。”乾杯”も無くいつのまにか
始まっています。話をする相手も日本のように仲間内で固まることは無く、参
加した人全員が周囲の人と自由に会話をして楽しんでいます。日本のような内
と外の垣根はまったく有りません。
日本の花見が、古い友人との仲間内の友情と親しみを確認する”通過儀式”、とす
ればドイツの花見は個人が自然の中で飲食を楽しむ自由宴会です。
桜は日本から移植されてアメリカ、ドイツ、中国、とどこでもありますが、日
本の桜のイメージとは少し違います。桜の木は日本のように大きくないものの、
花の色は薄い桜色ではなく桃色が強いものです。外国では桜の花まで自己主張
が強くなるようです。
4.日本企業のコミューニケーション
日本の花見風景に見られる「内と外」の違いは他の場面でも同様に見られます。
例えば,日本の会社は同質な集団として世界でも有名です。社員は基本的に同一
行動、同一思考をします。世界的大企業の松下電機,トヨタはその典型です。内
に対しては団結力が強く、外の敵に対しては組織的に対抗します。一般に日本
企業の社員は、企業内の仕事を通じてスキルと能力を向上させ、外部との接触
を基本的に持ちません。仕事が終わってから外に飲みに行く時も同じメンバー
です。話題も仕事と会社の内容が殆んどです。社員は生涯を通じて会社を頼り、
会社は社員の生活を常にコントロールします。社会は企業の規模と肩書きによ
ってその人を評価します。社員あっての企業でなく、企業有っての社員である
ことを、内も外も皆が自然に受け入れています。
日本では、どんな宴会にもスピーチには序列があり座る席も決まっています。
そして始まる前には必ず一番偉い人のスピーチと乾杯があります。
現在も日本のほとんどの企業では仕事の始まる前に”朝礼”を行います。これは
宴会の”乾杯”と同じ1日の開始を表す”通過儀式”です。最近は日本だけでなく海
外の企業でもこの朝礼が見られます。例えば,中国の代表的家電メーカー海爾(ハ
イアール)のアメリカ工場では朝礼制度を取り入れています。
5.3回目のラッシュアワー
1日の仕事が終わり夜になると、重要なお客の接待に、以前はどの企業も銀座
の高級クラブや料亭をよく利用していました。日本経済が高度成長していた
1960年代後半から1980年後半までは、銀座にある3000軒の飲食店はどのお店
も繁盛していました。バブル崩壊以後は企業の経費節約の影響を受けてお店は
年々少なくなっています。これらの中の高級なお店は個人では利用しません。
一回座るだけで3万円はするのが普通です。限られたエグゼクテイブが会社の
お金で接待をし、エグゼクテイブ同士が人間関係を深める場所でもあります。
一般社員は居酒屋(赤提灯と言います)とカラオケを頻繁に利用します。
国民は1月は新年会、3月は卒業式、4月は入学式と花見、夏は夏祭りとお盆、
秋は運動会、12月は忘年会と日本ではいつも通過儀式が一杯です。
そのたびに集まって乾杯をします。皆内と外の関係を自然に使い分けます。
学生も、コンパと称する飲み会を仲間と良く行います。コンパとは学生言葉で
Companyの省略語です。彼たちの行くお店は居酒屋とカラオケです。
日本の交通状態は、朝の通勤時の8時頃と、夕方退社時の6時頃の一日2回が
最も混んでいてラッシュアワーにあたります。
しかし最近は深夜の12時、1時まで賑やかで最終電車になっても家に帰る人
で一杯です。ある人は日本のこの様子を第3のラッシュアワーと言います。
1995年以来、日本に住むドイツ人でDr.クリストフ・ノイマン(Christoph
Neumann)は最近の著作「神経質な日本人」(Darum nerven Japaner)の
中でこの状態を”不夜城ニッポン”と形容しています。
最近の日本経済は,リストラにより失業者は増え、少子化と高齢化が進んでいま
す。そのような不景気であるにもかかわらず、夜遅くまで街は賑やかです。こ
の現象は何を意味するのでしょうか。一体日本は本当に不景気なのでしょうか。
不況とはとてもいえない真夜中の風景です。
私の中国の友人は、今の日本が不況なんて信じられない、と言います。中国で
は不況とは、餓死者の出る状態を言うそうです。日本で今回の不況で餓死者が
出たニュースはまだ一度も聞きません。
6.まとめ
今回の国際会議のメインテーマは「グローバルカルチャーの出現?」、ライフ
スタイルの類似と違い、です。私の報告もそろそろ纏めに入りたいと思います。
今年の日韓共催のワールドカップは日本と韓国に世界から多く人が応援と観光
に来ました。日本と韓国に対する関心も飛躍的に増大しました。今回のワール
ドカップを通じて両国に対する外国人の意識のギャップも小さくなりました。
これも観光とスポーツによるもう一つのグローバリゼーションです。
さて、日本航空(JAL)の機内サービスは世界でも最高レベルといわれてい
ます。食事も美味しく行き届いた料理が提供されています。和食を注文すると
必ず”そば”が付きます。これは”JALそば”と言って乗客には評判です。また乾燥
した納豆が袋に入れられたのが出てきます。これは今問題になっている「エコ
ノミー症候群」を押さえる効果があるといわれています。「お絞りサービス」を
最初にやったのもJALでした。これは今ではどの航空会社も取り入れています。
ちょっとした小さいサービスとして始めたものが今では世界で取り入れられて
いる実例です。機内食に出す、さしみ、寿司、わさび、そば、うどん、は今や
世界共通語でコリンズの英和辞典にも取り入れられています。外国人が初めて
日本に接するところは飛行機の機内です。その役割は大きなものがあります。
日本の3大発明はカラオケ、漫画、ファミコンと言われ、また日本に行った
外人がまず目に付くものは自販機、パチンコ、コンビニの3つと言われます。
自販機とコンビニの普及は食品,飲料、書籍の世界を一変させました。書籍の販
売部数日本一は書店ではなくセブンイレブンです。アサヒビールが売上高でキ
リンを抜きトップになった理由の一つに自販機とコンビニの普及があります。
今までのフジヤマ,芸者だけに代表されていた日本のイメージは、グローバル
時代になって徐々に変わってきました。日本社会は伝統的な基本性格を保持し
ながらもグローバル化の時代に対応しようとしています。グローバルの文明が
日本のローカル文化と並存しつつ融合していると言って良いかも知れません。
この10年間、グローバリゼーションの出現で日本経済は効率化を求めて、政
府も企業も合理化に努めています。外国から参入したコカコーラ、マクドナル
ド、スターバックス、などは日本の食習慣を変えています。
一方、日本固有の居酒屋チェーンが急増しています。お客の大半は若い人たち
です。若者達には24時間営業のコンビニ、カラオケ、居酒屋は無くてはならな
いもののようです。21世紀になってもやはり第3のラッシュアワーは続きそう
です。ご清聴有難うございました。
以上