桜美林大学 北東アジア総合研究所 企業倫理研究プロジェクト

            「企業倫理と文化フォーラム」についての趣意書

           企業倫理研究プロジェクト 座長  弦間 明(資生堂相談役)

 昨年3月11日の東日本大震災から、1年が過ぎようとしております。原発問題や風評被害を含めますと、この大震災は東北地方のみならず日本全土に深刻なダメージを与えました。私たちは今なおそのダメージから脱しておりませんし、海外からのマイナスイメージは、今後しばらくは日本を苦しめるものと予想できます。

 振り返れば、日本経済は1990年代のバブル崩壊後に「失われた10年」と呼ばれる衰退ののちに上昇に転じました。そして、2007年11月までの緩やかな経済成長は、その上昇期間の長さから「いざなぎ景気を超えた」とさえ言われました。しかしその実態は、日本企業が絶対価値を創造して世界的に競争力を高めたのではなく、正社員の縮減、業務のアウトソーシングや生産設備の海外移転等でコストダウンを積み重ね、表面上の利益を捻出していたというのが実態でありました。つまり日本企業の実態は、硬直した政治や社会や経営者の姿を反映するように疲弊を重ねていたのであります。そうして、表向きは右上がりに見えながら水面下では衰退の一途をたどっていた日本経済に、2007年秋のサブプライムローン問題、翌2008年秋のリーマンショックに端を発する世界金融危機が直撃し、昨年は欧州金融危機と大震災が追い討ちをかけ、深刻な状況が続いています。

 このように、80年代以降の日本経済は上昇と下降を繰り返しながら、国際社会の中で確実に沈んできました。そしてバブル経済とその崩壊期には不動産業や金融業を中心とする行き過ぎた投機的ビジネスの問題点が指摘されましたし、またその後の景気後退期には、建築物の耐震偽装や食品表示の偽装等、目先の利益を優先して不祥事を繰り返す企業に対し、社会からの厳しい非難の声があがりました。

 その後も金融危機前後には雇用問題が表面化しました。記憶に新しいところでは大王製紙やオリンパスがコンプライアンス上の深刻な問題を引き起こし、日本企業全体の信用にダメージを与えました。この間、ガバナンスやコンプライアンスに関する研究は相当進んだはずでありますが、企業と社会をめぐる問題は複雑化し、迷走の一途を辿っているように見えます。社会・経済の変化に伴って企業活動が変化するのは当然としても、比較的短期間の景気上昇と下降に直面して、少なからぬ企業が創業時の高い企業理念、それぞれの企業の社会における存在意義、そして企業倫理をおろそかにしてしまったことは、日本の企業社会が未だ倫理的成熟に至っていないことを示すものであります。

 高度に情報化された社会では、企業倫理の軽視から生じるほんの小さな不祥事でも、最悪の場合には市場からの退場を余儀なくされます。そのことを、昨今の多くの実例が証明しているにもかかわらず、多くの日本企業には固有の企業理念や企業倫理よりも自社の利益を優先する姿勢が散見されております。その結果、企業に対する社会からの不信感は高まる一方であります。私たち企業人はこのような企業全体に対する不信感を真摯に受け止め、社会の「公器」として、自社の利益を追求するだけでなく社会全体を発展させる企業本来のあり方を愚直に追求すべきであると、あらためて実感しております。そのように考えるとき、CSRや企業倫理は、決して一時的に社会からの攻撃をかわす「綺麗ごと」ではなく、企業自身のサステイナブルな成長・発展・進化のためにも、経営の中心に据えるべきものだと考えるのであります。

 今、日本が歴史的転換期にあることは疑いありません。それは、近代史の上では、明治維新、そして第2次世界大戦に続く、第三の大転換期であると考えるべきと私は思うのであります。最初の転換期である明治維新で日本は開国し、富国強兵・殖産興業の名のもとに世界化と近代化を果たしました。二番目の転換期では、敗戦後の焼け野原からの復興どころか、ついには「20世紀の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を成し遂げました。そして、今、世界的な不況と大震災のダメージを受け、日本が再び輝きを取り戻すことができるかどうかという転換期に私たちは立っているのであります。私は、その鍵になるのは、やはり経済の牽引車たる企業のあり方であると考えます。この転換期に企業が考えるべきことは、日本経済全体の復活、そしてサステイナブルな成長であります。そこで求められるやり方は、高い企業理念・企業倫理に基づいた経営品質の最大化であります。

 持続的な経済成長を推進するために、企業のあり方は市場原理主義を超え、社会的・人間的役割を考える価値転換を行ない、同時に必要なことは、先ほど述べたような社会からの不信感を払拭して時代や環境が変わっても「ぶれない経営」をするための揺るぎのない企業理念、つまり絶対価値の確立であります。そのために、私たちは今こそ社会人・企業人以前の、人間としての絶対価値である「真・善・美」の追求を深く考えるべきであります。

 私は、「真」とは、言い換えれば社会性を踏まえた理念であり、「善」は法や社会規範以前の倫理・道徳であり、「美」は人類の歴史が作り上げてきた文化であると考えております。企業は創業の理念から出発し、企業活動を積み重ねる中で、人と組織に共通する「考え方」、試行錯誤の中で編み出された独自の「やり方」、自らの企業理念と社会からの要請を両立させる「在り方」、つまり企業文化を育てて企業活動を行なうわけですが、経営品質の最大化のためには、その全ての過程で高い倫理性が必要となってまいります。

 しかし、澁沢栄一翁の「論語と算盤」という言葉がありますように、本来、企業の営利活動は、「真・善・美」といった絶対価値と相反するものではなく、企業は社会の期待に応えて正当な利益を得ると同時に、商品やサービスのかたちで物質的・精神的な豊かさを最大化して社会に還元する組織であると考えれば、倫理性・社会性・人間性・文化性と企業活動は齟齬はないのであります。

 桜美林大学・北東アジア総合研究所の「企業倫理研究プロジェクト」では、そのような時代性と問題意識を視野に入れ、企業活動と社会貢献活動の最大化、そしてそこに至るまでの現在の日本の企業社会が抱える倫理的な問題解決の側面的支援を行なうべく、学術的かつ実践的アプローチを模索してまいりました。

 桜美林大学北東アジア研究所が創立されました2005年より、「企業倫理研究プロジェクト」は開講趣意に基づいた多くの活動を営々と続けてまいりました。その成果は、著作物としましては、『トップに学ぶ』(2008年)、『アジアの精神にみる企業倫理』(2010年)の2冊の書物として結実しています。また研究活動としましては各種公開シンポジウム、企業倫理定例研究会が年に数度、計画的に開催されています。新設の「企業倫理と文化フォーラム」も上記理念に沿った活動の一環であります。
 今後も、いろいろの形で、アカデミックで且つ実践性に富んだ社会に意義ある研究と提言活動を続けてまいる所存です。関係者皆様の御支援とご協力をお願いする次第です。

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注:上記文章は、20122月に開催された、桜美林大学北東アジア総合研究所主宰の「企業倫理と文化フォーラム」における弦間明座長の基調報告に若干の修正を加え、企業倫理プロジェクトの会員関係者用に事務局で編集したものです。(文責:事務局)


2006-2009「北東アジアにおける企業活動と儒教倫理」研究プロジェクト第1回~第15回活動表」

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